米国における津波対策


 津波に国境はないと言われる.大洋の海底地震により発生した津波は,発生した地域の沿岸部だけでなく,大洋をとりまく沿岸諸国にも影響を及ぼすからである.その最も顕著な例は,昭和35年(1960年)に南米チリ沖で発生したチリ地震津波であろう.チリ沖で発生した大津波は,24時間かけて太平洋を横断して我が国に到達し,北海道から沖縄まで広い範囲にわたり被害をもたらした.このチリ津波を契機に,我が国の津波対策や津波研究が飛躍的に進歩することになり,同時に国際的な太平洋津波警報組織の設立の契機にもなった.現在では,ハワイにある太平洋津波警報センター(Pacific Tsunami Warning Center)が太平洋全域における津波予報業務を担当し,環太平洋沿岸諸国からの地震・津波に関する観測情報を総括して,その予報結果を提供する仕組みになっている.このことからも,津波の予報・対策を考える場合には,自国周辺だけではなく,諸外国において発生した津波に対しても目を向ける必要がある.また,1895年以来,環太平洋で報告されている津波の1/4以上が,日本近海で発生しているという事実からも,他の沿岸諸国が自国以外の海域で発生した津波を考慮して対策を進めるべきであることは明白である.

 そういった意味では,太平洋を隔てた米国において,現時点でどのような津波対策が進行しているかを知ることは興味深い.以下では,米国が過去どのような津波災害を経験し,その経験からどのような津波対策を講じているかに焦点をあて,彼らの津波対策のゴールがどこにあるのかを論ずる.


米国の津波予警報組織

 太平洋で発生した津波に関する米国の津波予報組織は2つの機能を持つ.太平洋津波警報センター(Pacific Tsunami Warning Center,以下PTWC)と西海岸/アラスカ津波警報センター(West Coast / Alaska Tsunami Warning Center,以下WC/ATWC) である.

 PTWCは,チリ津波後の1965年「太平洋津波警報組織の国際協力に関わる作業グループの会合」における日本の提案に基づき設立された.当時の日本の提案とは,「地震発生時に関係各国の地震・津波に関する情報を収集し,収集した情報を関係国へ提供する情報センターを設置すること」と「関係国間における情報交換,意見調整を行うための国際調整委員会を発足すること」であった*.前者の提案を受けて,PTWCが設立された.後者の提案に対しては,国際津波情報センター(International Tsunami Information Center,以下ITIC)が設立され,津波警報システムの改善の提案や情報提供による各国の津波予報業務の支援を行っている.現在世界の津波研究者・津波予警報担当者が利用する電子メールを用いた掲示板(Tsunami Bulletin Board)がITICにより運営されている.

 太平洋で大地震が発生した際には,環太平洋沿岸諸国は自国の地震・津波に関する観測結果を逐次PTWCに送り,PTWCはこれらの情報を総括して,予報結果を各国にフィードバックするという仕組みになっている.PTWCを中心に津波観測データの国際共有化が進み,現在では太平洋上の数多くの観測地点からのデータがリアルタイムでPTWCに転送されるようになった.我が国気象庁は,日米間の気象衛星等を用いた観測データ交換事業を展開し,現在では太平洋上の観測点のうち18地点の潮位データを気象庁から直接監視できるシステムになっている.以上の国際的な津波予報業務に加え,PTWCではハワイ,グアムなどの島々への予報業務も担当している.予報結果は,PTWCから各自治体の危機管理部署等に伝達され,実際の避難勧告や警報の発令に関しては各自治体が責任を負う仕組みになっている.

 一方,米国西海岸への津波予警報についてはWC/ATWCがその業務を総括している.WC/ATWCは1964年アラスカ地震津波の3年後1967年にアラスカ,Palmerにおいて設立された.当初の設立目的はアラスカ沿岸部における津波予警報業務であったが,1982年に,その業務区域はアラスカ,ワシントン,オレゴン,カリフォルニア,ブリティッシュコロンビア(カナダ)の5州にまで拡大され,上記5州に来襲する近地・遠地津波の予報業務を担当している.


津波の危険度評価

 国際的な津波予報業務に加え,米国でも自国海岸における津波危険度評価を行う必要性に迫られている.米国地球物理データセンター(National Geophysical Data Center,以下NGDC)の研究者らは,アラスカ・アリューシャン沈み込み帯において2008年までにマグニチュード7.4以上の大地震が発生する確率を84%と推定している.また,ワシントン,オレゴン,カリフォルニア州の西方沖に位置するカスケード沈み込み帯においても,少なくとも一カ所で大地震を発生させる時期に達しつつあることが分かってきた.過去の津波被害を考慮すると,西海岸における津波に対する危険度は高く,近い将来発生しうる津波を想定した危険度評価を実施する必要性がある.このような背景のもと,米国海洋大気局(National Oceanic and Atmospheic Administration,以下NOAA)の一研究機関であるPacific Marine Environmental Laboratory(以下PMEL),連邦危機管理局(Federal Emergency Management Agency,以下FEMA),米国地質調査所(United States Geological Survey,以下USGS)の研究者と危機管理担当者による組織的な津波災害対策の検討が進んでいる.彼らの行う津波対策は,(1)特定地域での津波危険度の評価,(2)津波の早期発見技術の向上,(3)津波来襲時の適切な行動に関する教育,の3点に焦点を当てて進行している.

 特定の地域における津波の危険度評価は,Tsunami Inundation Mapping Effort(以下TIME)と呼ばれ,PMELの津波研究プログラムを中心とした研究チームにより進められている.彼らは,津波の数値解析技術を用いて,沿岸各地の詳細な津波浸水予測図を作成し,それを逐次公表している.各沿岸地域の津波避難ルートを管理する地域防災担当者は,得られた津波浸水予測図から対策の方針を立てることになる.津波浸水予測図の作成は,ワシントン,オレゴン,カリフォルニアの各州で,大学の津波研究者との共同研究により進められている.下の図はオレゴン州New Portにおける津波浸水予測図である.PMELの津波研究グループは,将来的に西海岸すべての海岸線について浸水予測図を公表する計画で,現在研究を進めている.

オレゴン州,NewPortの津波浸水予測図

オレゴン州,New Portの津波浸水予測図 (Center for TIME, PMEL)


津波の早期発見・探知

 津波予報の迅速性・信頼性を高めるには,津波の発生位置・規模をできるだけ迅速に探知・予測することが最も効果的である.従来,津波は沿岸部の潮位計を用いて観測されてきた.しかし,沿岸部の潮位計による観測手法には限界がある.沿岸部の潮位計では,岸に到達した津波しか観測できない上に,津波発生海域から外洋に向かい伝播する津波を捕らえることができないのである.そこで,PMELでは,津波の発生を迅速に探知でき,その観測結果をリアルタイムで報告できる海底津波計のネットワークを開発している.海底津波計は,地震多発地帯の水深数千メートルの海底に沈められ,深海底の水圧を測ることにより津波の発生を探知する仕組みになっている.海底で得られた観測データは,音波を用いて海上のブイまで転送され,海上のブイからは人工衛星を経由してPTWCWC/ATWCNOAAにリアルタイムで転送される.このシステムはDeep-Ocean Assessment and Reporting of Tsunamis(以下DART)と呼ばれている.現在,海底津波計はアラスカ・アリューシャン地震地帯とカスケード沈み込み帯の海底の計6箇所に設置されている.これらの津波計により,例えばアラスカで津波が発生した場合には,津波が西海岸やハワイに到達する前に津波を探知できる.将来的には,さらに津波計の設置位置を増やし,数値解析との併用により,詳細で迅速な津波予警報技術の開発計画を進めている.下の図はDARTシステムの概略を示したものである.リアルタイムで得られた観測データは一般にも公開しており,以下のURLをクリックすれば閲覧できる.

海底津波計によるリアルタイムデータの表示:http://tsunami.pmel.noaa.gov/dartqc/WaveWatcher

海底津波計

DARTシステムの概略
(左:海底津波計とデータ転送システム, 中:津波計/ブイの設置位置, 右:海上におけるブイの設置状況,Tsunami Research Program, PMEL


津波教育

 いかに津波の予測技術が進歩し,信頼性の高い情報が出されたとしても,それが人々に対し効果的に伝わり,適切な対応・行動がとられなければ,それは失敗に終わってしまう.従って,予測技術の向上と並行して,地域での災害教育を行うことが重要である.

 海岸では,住民・観光者への津波に対する注意の喚起,適切な避難経路への誘導のために,津波の標識が設置されている.日本と異なり,米国では防波堤等の海岸構造物を利用した津波対策は採られていない.政府は沿岸住民に対し,地震による強い揺れを感じたらすぐに高所に避難するよう呼びかけている.津波浸水予想図の作成状況と並行して,避難経路の計画も進められており,これらの努力により津波による人的・物的・経済的被害を最小限に食い止めようというのが彼らの目標である.

津波標識

米国西海岸の津波標識(Frank I. Gonzalez **, Tsunami Research Program, PMEL/NOAA


参考文献

* 関田康雄 :チリ地震津波は津波予報をどう変えたか,自然災害科学54,Vol.19, No.3, 280-283, 2000.
** Gonzalez, Frank I. : Tsunami!. Scientific American, 280(5), 56-65, 1999

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