チリ津波(1960年)


1960年チリ地震

1960年チリ地震の震源付近海域

 1960年5月22日,南米チリ沖を震源とする,20世紀最大と言われる巨大地震が発生した.近年の地震学に基づく研究から,この地震のモーメントマグニチュードは9.5に及ぶことが判明した.長さ1000km,滑り量10mを越える断層運動が発生し,その結果として発生した津波もまた巨大なものであった.津波は太平洋を横断し,地震発生から15時間後にハワイを襲い,ハワイ諸島で61名の死者を出した.

 ハワイでは,15時間という時間的余裕がありながら,なぜこれほどの犠牲者を出したのか?ハワイ島ヒロでは,津波の到達は真夜中になると予想され,午後8時半に避難を促すサイレンが鳴り響いた.津波第一波は真夜中過ぎに予報通り到達したものの,その高さは数フィートであった.しかしこの津波第一波は,後に続く大津波の前兆でしかなかった.巨大な断層のずれによる地盤変動は非常に大きなスケールであったため,津波のスケールも大きかった.つまり,チリ津波の波長(周期)は従来の津波のそれよりも長かったのである.それに加え,大洋を伝播する津波が有する波数分散性という現象(津波を構成する波の成分のうち,波長の長い成分が速く伝播するという性質)により,ヒロに到達した第一波はゆっくりとした比較的エネルギーの小さな成分であった.ゆっくりとした第一波が去った後,人々は危険は去ったと思いこみ,海岸に戻っていった.津波の最大波が来襲したのはその後午前1時4分であった.第一波の到達から1時間ほど経過した後だった.


ヒロを襲った津波

津波により折れ曲がったパーキングメータ (National Geophysical Data Center)


ヒロを襲った津波

津波により壊滅的な打撃を受けたヒロの街 (National Geophysical Data Center)



ヒロを襲った津波

津波来襲後のヒロの風景 (National Geophysical Data Center)

 上の3枚の写真は,津波来襲後のヒロの街を撮影したものである.震央からゆうに10000km離れた場所でこのような被害が生ずるとは想像しがたい.折れ曲がったパーキングメータは津波の氾濫流によるものである.この区域で津波による破壊を免れた建物は,鉄筋コンクリートづくりのビルと,その影になった数棟の建物だけであった.まさに壊滅的な打撃を受けたのである.

 上の図はヒロにおける津波浸水域を示したものである.津波は海岸線から0.5マイル(800m)以上陸側に遡上していたことが分かる.ハワイの電話帳には,このような過去の津波被害を参考に,詳細な津波浸水図が掲載されており,浸水域にいる人々に対して津波来襲時の避難を喚起している(下図).

ヒロの津波浸水図

ハワイ島,ヒロのチリ津波浸水図 (Brian Atwater, USGS)

 チリ津波は米国西海岸においてもその猛威を振るった.カリフォルニア州クレセントシティでは3万ドル,ロサンゼルスでは50万から100万ドルの経済的被害を被っており,数隻の船舶が津波により転覆した.


その他の津波災害: [1946年アリューシャン津波] [1952年カムチャッカ津波] [1957年アリューシャン津波] [1964年アラスカ津波]

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